header-image

postheadericon 「殺す側の論理」と「平和ボケ」

日本のタカ派は「平和ボケ」し、想像力に欠ける。

平成26年5月15日、安倍晋三首相は、集団的自衛権行使に向け、憲法解釈変更の検討を政府・与党に指示しました。それが、いかに危険かつ姑息な考え方・やり方かは既に述べましたので、ここでは、彼らの根本的ありようについて述べたいと思います。

彼らは、そもそも、戦争により自分や自分の家族・友人が死ぬことを想定していません。彼らが実現した格差社会により、自衛隊に入隊することが戦死につながる事態になった場合でも、入隊するのは他に高賃金の職がない若者が多いでしょう。そして、そういう人は彼らの家族・友人にはいません。だからこそ、安易に戦争が出来る国造りを進めるわけです。戦争について考える場合、自身や家族・友人が戦死することも想定すべきですし、それでこそ抑制的な判断が出来るようになります。

彼らには、人が死ぬことの意味、家族・友人を失い嘆き悲しむ人への想像力が完全に欠落していると言わざるを得ません。

そして、「平和ボケ」しています。「腹が減っては戦はできぬ」というように、戦争を遂行するためには何より食料の確保が必要となります。故に世界のタカ派は食糧安全保障の観点から当然、農業保護論者になります。「日本の農業は保護され過ぎている」と嘘をつき、食料自給率40%の現状を放置したのみならず、関税0%をめざすTPPに参加しようする日本のタカ派には、あきれかえって物も言えません。戦争遂行能力に欠けるのに戦争がしたい国家指導者に率いられている日本・・・。

総じて、安倍首相とその仲間は、「殺す側の論理」に立ち、国民に対峙していると言えるでしょう。「殺される側」にならないために、子ども達の命を守るために、共に頑張りましょう(^^)v。

※ 殺す側の論理・殺される側の論理は、本多勝一氏の造語だと思いますが、現政権がまさに「殺す側の論理」を展開しているため、使わせていただきました。

なお、イギリス貴族は「ノブレスオブリージュ」として積極的に前線に赴き、第1次世界大戦における戦死者は、割合では一般市民からの兵士の2倍にのぼったそうです。悪名高いスターリン・毛沢東も祖国防衛のために息子を戦死させています。家族・友人を戦死させる覚悟もない「権力者・大金持ち」が、死ぬのは「いくらでも補充できる貧乏人だから」と平和的解決をないがしろにして侵略戦争が出来る国造りを進めることは、「赤紙1枚でいくらでも兵士は補充できる」「お前らの価値は馬や銃以下だ」と上官から罵倒された戦前の再現になりかねません。そうした「イカれた」考え方に、私は断固反対します。

Comments are closed.