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postheadericon 放射能測定に立ち会いました

7月10日(火)、某小学校の放射能測定に立ち会いました。6月議会に出された、放射能汚染から子ども達を守ってほしいとの請願は、ことごとく否決されてしまいましたが、請願者は諦めず活動を続けてくださっており、長野市も、環境部が中心となり説明の機会を設けてくれました。お母さん方からすると到底納得できない説明会になりましたが、それでも、早速、土壌から高いベクレルが出ている、某小学校プールの排水が流れ込む側溝の土砂が空間中にどれだけ影響を与えているかを測定しに、環境政策課が来てくれることになり、私も紹介議員の一人として立ち会わせていただきました(その日、立ち会った議員は、共産党の野々村博美議員と、改革ながのから私・望月義寿と小泉一真議員です)。

 ← まずは校庭の測定

 ← 側溝の土砂の測定

校庭の値は、長野市平均の0.08μシーベルトでしたが、側溝土砂は0.14μシーベルトでした。やはり、側溝の土砂には放射性物質が集まりやすい傾向が見て取れました。

これは、大げさに騒ぐ事態ではありませんが、子ども達が遊ぶ場所に通常より高い線量が検出される土砂を放置していい問題でもありません。その小学校ではPTAの清掃活動にあわせて側溝土砂を子ども達に影響のない場所に埋めてくれることになりましたが、その他の小中学校で放置されることがないよう、昨日、教育委員会に赴き、小中学校に対し、通常より汚染されている可能性がある土砂の撤去を促す「注意喚起」をお願いし、していただけるお返事をいただきました。その後、保育家庭支援課に赴き、保育園に対し同じお願いをしたところ、統一した対応を取りたい、とのことになりました。(ちょっと心配になったので、保育家庭支援課に来たことにより、保健給食課の対応が後ろ向きにならないようお願いしておきました・・・(笑)。そんなことにはならないと信じていますので、よろしくお願いします(^-^)。)

放射能汚染、本当に大変な事態ですが、恐れ過ぎず、安心し過ぎにならず、検査体制はしっかりと整備して、市民の安心・子ども達の安全を守るよう、今後も提言してまいります。

postheadericon 6月市議会請願審査結果報告(子ども達のこと)

6月22日、長野市議会6月定例会が閉会しました。本議会には、子ども達に関する重要な請願が多く出されましたので、その審査結果につき、ご報告します。

まず、「病後児保育の拡充と病児保育の実施を求める請願」と「長野市の病児・病後児保育事業の拡大の早期実現を求める請願」の2件については、全会一致で採択されました!

平成23年12月議会に同趣旨の請願が出されたところ、19対19の可否同数だったため、議長採決となり、1票差で否決されてしまった案件ですが、先の3月議会で、反対した最大会派の新友会議員が、会派を代表しての討論の中で「新友会は病児・病後児保育に賛成である」との発言があったため、ならばと、このたび、働く皆さんの代表である連合長野長野地域協議会から請願を提出していただき、おかげさまをもちまして全会一致での採択となりました。長野地協さん、議員の皆さん、本当にありがとうございました。今後も実施に向けて働きかけてまいります(^-^)。

次に、保育園・小中学校の「給食の放射能汚染対策を求める請願」と「食品用放射能測定器設置についての請願」ですが、内容から、経済文教委員会と福祉環境委員会の双方に請願項目が分割してかけられ(縦割りですね(^^ゞ)、両委員会とも不採択とされてしまいました(^^)凸。私の所属する福環では、6対2の圧倒的多数で否決され、子ども達の安全を求める市民の声があっさり否定されてしまう状況を憂い、「改革ながの」を代表し、不採択とすべきとした委員長報告に反対の立場から討論を行いました(縦割り上、まとめて経文の委員長報告で討論しました)。私の討論の様子は、こちらからご覧ください。↓

http://www.youtube.com/watch?v=wXhou7SOBMQ&feature=context-cha

賛否の様子を含めて視るには、以下の「経済文教委員会所管、質疑・討論・採決」をクリックしてご覧ください。↓

http://www.city.nagano.nagano.jp/site/siseihousou/56361.html

温厚な私としては、かなり踏み込んだ討論をしたつもりですが、反対議員の結論は変わらず、不採択となりました…。一主婦が独身時代の貯金を取り崩して「長野市民測定所」を開設しているのに、1500億円以上の年間予算を誇る、県都長野市が自前の測定器を買う気もなく、検査体制も整備せず、消費者庁から貸与される予定の機器と県の機器をお借りすればこと足れりとしている行政・それを追認して、子ども達の安全を求める請願をあっさり否決してしまう議会…。こんなことがあっていいのでしょうか?

今の議会構成では、今後もこういう事態は多々生じるかと思いますが、「それでもなお」頑張っていきます。市民、特に子ども達の安全と幸せのために…。

postheadericon 6月議会で質問しました(小学校体育館・自校式給食他)

6月14日、個人質問をいたしました。大規模小学校の第二体育館整備と自校式給食の推進を中心に、後ろ向きな答弁が返ってくることを覚悟の上、言うべきことは言い、実現に向けた取り組み(せめて検討…(笑))を求めましたが、答弁は予想通りの残念なものでした。一校一体育館の原則については、絶対建てないと決めたわけではない(要約)とのご答弁をいただきましたので、多少の光は見出せましたが、700人以上の児童が在籍している小学校に体育館が一つだけなどという事態は到底看過することが出来ません。せっかく土地の広い地方都市なのですから、子ども達はのびのびと育てるべきです。そして、それを可能にするだけの財政力が長野市にはあるのです。

体力全国1位の福井県・学力全国1位の秋田県の秋田市に視察に伺いましたが、決まって言われたのは、「教育県長野から視察にお越しいただき恐縮しています。」とのお言葉でした。正直、こちらが恐縮し、恥ずかしかったです。本来であれば、「教育県長野の県都長野市」に全国から、「その素晴らしい教育」を実現した秘訣を知るため視察に来るはずが、長野市の議員が教えを請いに行く羽目になっています。両県・市とも、逆に「何故日本一になったのかわからない。我々は当たり前の教育をしているだけなのに…。」と仰っていました。つまり、それだけ「当たり前に」教育に全力で取り組んでおられるということだと思います。「金がないから」体育館は一つだけ・自校式給食はやらない、という方針は考え直すべきです。「子育てするなら長野市で」と言われるような市政を実現すべく、引き続き取り組んでまいります。

質問の様子はこちらから。個人質問13です。↓ http://www.city.nagano.nagano.jp/site/siseihousou/55910.html

19日(火)には福祉環境委員会が開催されます。病児・病後児保育の実施や、給食の放射能検査を行い、そのための機器購入を求める請願が提出され、私はその全ての紹介議員になっていますので、全会一致で採択出来るよう、熱弁をふるう所存です(^^)v。委員諸氏のご賛同をお願いいたしますm(_ _)m。

postheadericon 6月議会の質問要旨

6月14日(木)14:00前後から、個人質問をいたします。今回は、小学校の体育館を児童数の多寡に関わらず一校一つを原則とする方針に異議を唱え、自校式給食の推進を求め、期日前投票所の投票時間延長中止に異議を唱える、「追求型」の質問になります(^^ゞ。

この4年と半年、提案型の質問を心がけ、鷲澤市長をはじめとする市行政の皆さんに思いと趣旨をご理解いただき、数多く行政運営に反映していただきましたが、一方で、「このように決まっているのでご理解いただきたい」で終わってしまう事例もありました。理由の説明を聞けば、お人好しの私としては(笑)わからないではないこともありますが、市民の立場からすれば納得出来ない事例も多く、この際、敢えて追求型の質問をすることといたしました。

市政は、市民の皆さんのご理解・ご協力がなければ円滑な運営は出来ません。本市が、市民合意の下、より良く運営されるよう、追求型の質問を「にこやかに」(笑)頑張ります(^^)v。

postheadericon 円福おひさま保育園竣工式

5月13日(日)、学校法人 円福学園 認定こども園 円福おひさま保育園竣工式が開催されました。円福幼稚園では長年幼児教育に力を尽くしてこられましたが、近年の幼保一体化の流れや、保育を必要とするため円福幼稚園に通わせたくても叶わなかった保護者の要望を受け、このたびの認定子ども園 円福おひさま保育園開設に踏み切られました。

長野市では、「待機児童はいない」との認識から、新たな保育園をつくるにあたって補助しない方針であり、国は市町村の補助が出ない場合には補助しない方針であるため、補助金なしでの(借金でまかなっての)開設となりました。私もご相談をいただき市当局に働きかけたのですが、結論は変わりませんでした。そんな状況でしたが、園長先生・理事長先生の思いは微塵も揺るがず、一日も早く開園すべく計画を進め、その熱意に賛同された多くの皆様のご尽力・ご援助によりこの日を迎えることが出来ました。


 ↑ 藤本悠起子認定こども園長のご挨拶

設計・建設にあたっても、「理想の園舎」を建てるため、細部にわたってのご検討があり、県外先進園の視察にまでお付き合いいただいた事業者への感謝が述べられました。

今は亡き、先代理事長の藤本幸邦御老師が、お嫁さんである園長先生に対し日頃から、「教育にはお金がかかるのが当たり前なのだから、あなたはお金の心配をしないで立派な子ども達を育ててください。」と仰っていたとのご挨拶には、本当に感動しました。藤本幸邦御老師は、戦後の大変な時期に、上野駅にいた親のない浮浪児を見るに見かねて連れて帰り、自らの子ども同然に育て、後に円福愛育園を開設したほどの人物で、他にもアジアの子ども達を救うべく活動を発展され、「円福寺のおっしゃん」と慕われた方です。

その後、祝賀会が開催され、乾杯の発声をさせていただいたのですが、私自身が円福幼稚園の卒園生であり、「世界につくせ日本人」「世のため人のために働く人材を育てる」との円福の理念を、生真面目な性格なので鵜呑みにして政治家になってしまいました(笑)とのご挨拶をさせていただきました。(本気なのですが、笑いをとれてしまいました…(^^ゞ(笑)。卒園生として後輩に誇ってもらえるような政治活動を続けてまいります。)

円福幼稚園は、かなり希望者が多く、入園が難しいとの話を聞きますが、おひさま保育園は創設したばかりのため、まだ定員に達していないとのことでした(5月13日時点ですので、既に達しているかもしれませんが…(^^ゞ。)。入園御希望の方は、是非、お問い合わせください(^-^)。

幼保一体化、真に幼児教育・保育の充実が実現出来るよう、今後も国に対し働きかけてまいります。長野市の幼児教育・保育に関しても、同様に提言し続けてまいります。また、6月定例会において、保育の充実に関する請願を、全会派賛同で採択出来るよう、現在根回し中です。詳しいご報告は、時期を見てさせていただきます(^-^)。

 
 ↑ 童観音

postheadericon 石家庄市訪問記-その8・最終章

最終日、朝5時10分集合で一路北京空港へ。本当に、あっという間の訪問でした。せっかく早めに着いたのに、視界不良のため飛行機の出発が2時間ほど遅れ、手持無沙汰だったため空港内をうろうろしましたが、何せ北京空港は広い!足が痛くなってしまいました(^^ゞ(笑)。

羽田空港に到着し、ようやく青い空が見られると楽しみにしていましたが、どうやら黄砂を連れて帰ってしまったようで、羽田の空も霞んでいました…(^^ゞ。

このたびの訪問は、両市の友好関係が今まで以上に進展した有意義なものとなりました。石家庄市の皆さんには、本当に「熱烈歓迎」をしていただき、心から感謝申し上げる次第です。今後も、両市の友好関係進展に、微力ながら力を尽くしてまいります。

私自身にとっても勉強になり、日本・長野市の良さを見直す、いい機会になりました。豊かな自然・細やかな配慮に裏付けられた高い技術力。近年、我が国は自信を失い、「韓国に遅れるな」と声高に叫ぶ方までいますが、どうして日本はいい国です(^-^)。そして長野市は過ごしやすい素晴らしい都市です(^^)v。この日本・長野市の良さを更に発展させ、「子育てするなら長野市が一番」と言われるような市政を目指して、今後も頑張ってまいります(^-^)。

postheadericon 石家庄市訪問記-その7

第43中学校視察の続きです。

 ← 運動場・・・

 ← 緑育にも力を注いでいるようです


  ↑ 進学先の掲示。北京大学・精華大学といった一流大学に推薦で入学出来るとのこと!

この学校は、元々は石家庄市立中学校だったところへ、企業が参入して現在のエリート教育をするようになったとのことです。学力・体力両面から先進的な取り組みが行われ成果をあげているいる状況は本当に素晴らしいことだと思いますが、私としては、どうしても違和感を覚えざるをえませんでした。授業料が高いそうなので、空気のきれいな地方の山に学園都市を創った方が健康面・情操面でいいのでは、と思いました。小さな子どもを持つ父親としては、スモッグで曇った空気の中で子育てするなどという選択はしかねます。日本においては、放射能問題が生じてしまいましたが、長野市は何とか問題ない状況ですので、青い空・きれいな空気・緑あふれる環境の中で子ども達を育て、充実した教育が行われる市政を実現せねばとの思いを新たにした視察でした。


  ↑ その企業。不動産業を中心に展開する総合商社とのこと。

視察後、外事弁公室主任主催の送別会(昼食会)を開催していただき、帰国のため、一路北京へ向かいました。張主任とは、その場でお別れでしたが、副主任の孟氏・通訳の郭氏には北京空港に到着する最後の最後まで並々ならぬお世話になりました。


  ↑ 郭氏とのツーショット。中国到着後から帰国するまで、本当にお世話になりました。謝謝!

その8に続く

postheadericon 石家庄市訪問記-その6

23日、石家庄市最終日の朝、第43中学校を視察しました。副校長に対応していただき、学校の紹介DVDを拝見した後、現場を視察をしました。第43中学校は、別名、石家庄外国語学校で、幼稚園から高校までの一貫教育の中で英語・日本語をはじめとする外国語教育に力を注いでおり、高校の授業を拝見し交流したところ、日本留学経験がある高校3年生がノー原稿で自身の夢を日本語で語っていました。ほとんど訛りのない日本語・堂々とした語り口に感心しました。


  ↑ 長野市教育長と副校長の歓談


  ↑ 立派な校舎がいくつも林立していました


 ↑ 中国の水道水は飲めないとのことで、子ども達のためにミネラルウォーターが
   用意されていました。


  ↑ バスケット用体育館。マイケル・ジョーダンをはじめとする外国の一流選手や
   中国のバスケ選手が壁に貼られていました。


  ↑ 卓球場。流石は中国! 半地下の卓球場、遥かかなたまで台が並んでいました。


  ↑ ボーリング場までありました

その7に続く

postheadericon 石家庄市訪問記-その5

22日、石家庄市滞在3日目は、市立民間工芸博物館・正定大仏寺・柏林寺を拝見し、昼食は、日本食のお店をご心配いただきました。

 
  ↑ 日本料理店の入っているビルに熱烈歓迎の電光掲示!

宿泊先の亜太大酒店にも熱烈歓迎の掲示を連日していただいていました。

 ← 亜太大酒店前

日本料理店は三四郎という名前で、部屋にそれぞれ日本の地名が付いていました。大勢でお邪魔したため、いくつかの部屋に分かれましたが、私の部屋は奇しくも「長野」でした(^^)v。ところが、何かちょっと…(笑)。


  ↑ 「長野」が「ながのけん」は、ありですね(^-^)。


  ↑ 「神戸」が「てうべ」になっていました(^^ゞ。


  ↑ 「大阪」が「おおてか」・・・(^^ゞ。

余計なお世話かと思いましたが、同席の皆さんと図って、せっかく訪れた「日本人として」、訂正を提案させていただきました(^^ゞ。メモだけしてもらえればと思っていたところ、重厚なサイン帳を出され、これに書いてくれと言われたため、大ごとのようで困ってしまいました(^^ゞ。もちろん、私の悪筆では、更に意味不明の表現になりかねないので(笑)、議会事務局長にお願いし、書いていただいたのがこちらです ↓

 ↑ 「次にお越しいただくまでに直しておきます」と言われてしまいました(^^ゞ。

夕方は、王大虎常務副市長と王大軍副市長主催の晩餐会が開催されました。石家庄市最後の夜でしたが、宴の〆は例によって主催者側からなされました。招かれた側から中締めを提案する北信流(日本全般でしょうか?)からすると違和感がありますが、主催者が様々な要素を勘案した上で、頃合いを見計らって締められるので合理的かもしれません。

その6に続く

postheadericon 石家庄市訪問記-その4

21日、石家庄市滞在2日目は、両市の観光PRから始まりました。石家庄市からは、行政はもちろん、観光事業者や観光専門学校の学生等80名ほどにご参加いただき、本市は、経済懇談会のためだけに訪中いただいた1名以外の訪問団全員49名で参加し、観光コンベンションビューローの滝澤専務や開発公社の徳永専務にご活躍いただき、石家庄市向けのDVDを放映・解説した、わかりやすいアピールの上に、目玉としての「おやき」を、いろは堂の伊藤ご夫妻に作っていただき、日中友好協会の女性陣にもご協力いただきました。石家庄の皆さんに試食してもらえたことにより、「見るだけ」「形だけ」でない、心(お腹?(^^ゞ)に響く観光PRになったのではないか、と思います。

 

その後、張副市長主催の昼食会にお招きいただいた後、午後からは、石家庄市企画館を視察しました。発展を遂げる中国の大都市として、石家庄市も更なる発展に向け、新しく特区を設け、110万人が居住できる都市を整備中です。2020年に再整備が完了した後の石家庄市をイメージしたジオラマは、きらびやか過ぎ、私のような田舎者には別世界のようで逆に実感がわきませんでした…(^^ゞ。(実際に、それだけの発展を遂げているわけですが。)

その後、人民広場に設置されている、長野市からお贈りした「友好の鐘」(善光寺の鐘をイメージした半鐘)を拝見し、ホテルに戻って、人民代表大会常務委員会副主任との会見・晩餐会に出席しました。日中友好協会会長の山根氏によると、人大主催の晩餐会が催されたのは初めてとのことで、山根会長の感動ぶりは、両市の友好が更に進んだことを参加者に知らしめました!

 ← 友好の鐘

その5に続く